親の判断力が心配になったら|成年後見制度と家族信託の基本

先日、実家の片付けを手伝っていたときのことです。お父さんの机の引き出しから、同じ内容の契約書が二枚、少し違う日付でサインされているのを見つけて、ドキッとした方もいるのではないでしょうか。本人に聞いても「そうだったかな」とあいまいな返事しか返ってこない。こうした小さな違和感が、実は「判断力の低下」への備えを考え始める最初のサインです。

年齢を重ねると、誰にでも物忘れは増えていきます。しかしそれが進んで契約や財産管理の判断が難しくなったとき、家族が「代わりに何とかしてあげたい」と思っても、実は本人以外が銀行口座を動かしたり不動産を処分したりすることは、法律上そう簡単ではありません。この記事では、親の判断力に不安を感じ始めた家族が知っておきたい「成年後見制度」と「家族信託」という二つの備え方を、それぞれの違いや相談の始め方も含めてご紹介します。

契約書にサインをする手元
判断力があるうちに結ぶ契約

「判断力の低下」に気づいたとき、家族が直面する問題

なぜ今、備えが必要なのか

親がまだ元気なうちは、通帳も印鑑も本人が管理していて、家族が口を出す場面はあまりありません。しかし認知症などで判断能力が低下したと医師や周囲が感じるようになると、状況は一変します。銀行が「本人の意思確認ができない」と判断すると、家族であっても口座から生活費や施設の入所費用を引き出せなくなることがあるのです。

「うちは家族の仲がいいから大丈夫」と思っていても、いざ実家のリフォーム費用や施設入居金がまとまって必要になったとき、口座が事実上動かせず慌てて調べ始める家庭は少なくありません。備えは、判断力が十分にあるうちにしか始められないという点が、この話の一番のポイントです。

遺言書・エンディングノートとは何が違うのか

「うちはもうエンディングノートを書いてもらったから」という方もいるかもしれません。ただし遺言書やエンディングノートは、主に本人が亡くなった後の財産の分け方や希望を伝えるためのものです。一方で成年後見制度や家族信託は、本人が生きている間、判断力が十分でなくなった時期の財産管理や契約行為を支える仕組みという違いがあります。遺言書の書き方相続・遺産整理の備えとあわせて、生きている間の備えも一緒に考えておくと安心です。

認知症の進行と「できること」が減っていく現実

認知症の早期発見のサインに気づいた時点ではまだ本人の判断力がしっかり残っていることも多く、実はそのタイミングこそが家族信託や任意後見といった「元気なうちに結ぶ契約」を検討する好機です。進行してからでは選べる手段が限られてしまうため、早めに情報だけでも集めておくことをおすすめします。

成年後見制度と家族信託、それぞれの基本を知る

成年後見制度とは

成年後見制度は、判断能力が不十分になった方の財産管理や契約行為を、家庭裁判所が選ぶ「成年後見人」が支える公的な仕組みです。すでに判断能力が低下している場合に利用する「法定後見」と、本人が元気なうちに将来の後見人をあらかじめ決めておく「任意後見」の二種類があります。法定後見は家庭裁判所への申立てが必要で、後見人には家族だけでなく司法書士や弁護士などの専門職が選ばれることもあります。

家族信託という選択肢

一方、家族信託は本人が元気なうちに、信頼できる家族に財産の管理や運用を託す契約です。たとえば「実家の不動産は長男に管理を任せ、売却が必要になったときは本人に代わって手続きできるようにする」といった形で、あらかじめ具体的な範囲を決めておけます。成年後見制度に比べて家庭裁判所の関与が少なく、家族の実情に合わせて柔軟に設計できる点が特徴ですが、契約書の作成には専門家のサポートがほぼ必須になります。

「どちらがうちに向いているのか分からない」という場合は、まず地域包括支援センターや司法書士会の無料相談窓口に、今の家族の状況を話してみるところから始めるとよいでしょう。制度の細かい要件や適用の可否は個別の事情によって大きく変わるため、この記事の内容だけで判断せず、必ず専門家に相談することをおすすめします。

会話の一例としては、「お父さん、もし将来通帳の管理が難しくなったとき、誰にお願いしたいか一度考えてみない?」というように、財産管理そのものではなく「もしもの時どうしたいか」という本人の希望を聞く形で切り出すと、身構えられにくいようです。

こうした話し合いの機会を作るためにも、通帳・印鑑・マイナンバーカードなど普段バラバラになりがちな大切な物を家族で把握しやすくしておくことも、備えの第一歩になります。なお、日常使いできるアイテムとしてこちらも参考にしてみてください。

家計を計算する様子
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相談から手続きまでの流れと注意点

誰に相談すればいいか

成年後見制度・家族信託とも、まず相談すべき窓口はいくつかあります。地域包括支援センターは制度の入口として気軽に相談でき、司法書士・弁護士は契約書の作成や家庭裁判所への申立て手続きを専門的にサポートしてくれます。法務省や各地の公証役場でも制度の概要について案内を受けられるので、複数の窓口で話を聞き比べてみるのも一つの方法です。

費用感とよくある失敗

法定後見は申立てや後見人への報酬など継続的な費用がかかり、家族信託は契約書作成時にまとまった専門家費用がかかる傾向があります。よくある失敗は、判断力が低下してから慌てて動き始め、選べる制度が限られてしまうケースです。「まだ早い」と思っているうちに時間が過ぎてしまうことが一番のリスクだと、現場でも繰り返し感じてきました。

なお、契約書や登記事項証明書など家族信託・成年後見関連の大切な書類は、日々の生活用品とは別に保管しておく家庭も増えています。介護書類の整理と合わせて、こうした重要書類の置き場所を一箇所にまとめておくのも安心につながります。

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こんな失敗に注意|相談が遅れるとどうなるか

一番よく聞くのは、「まだ元気だから」と先延ばしにしているうちに、本人の判断力が急に落ちて任意後見や家族信託の契約自体が結べなくなってしまうケースです。契約には本人の意思確認が必要なため、判断能力が不十分と見なされた時点では、選べる手段は法定後見だけに絞られてしまいます。

また、きょうだいの一人だけが親の通帳を管理していると、他のきょうだいから「使い込んでいるのでは」と疑われ、関係がこじれてしまう例も見てきました。誰が何をどこまで管理するのかを、できるだけ早い段階で家族全員が共有しておくことが、こうしたトラブルを避ける一番の近道です。

  • 判断力が十分なうちに、家族で「もしもの時どうしたいか」を話し合っておく
  • 通帳・印鑑・重要書類の保管場所を家族の誰かが把握できるようにしておく
  • 制度の選択は自己判断せず、司法書士・弁護士・地域包括支援センターに相談する
  • きょうだいがいる場合は、管理の分担や報告の仕方も事前に決めておく
公園を散歩する高齢の夫婦
元気なうちの話し合いが安心に

話し合いは、まだ元気なうちにしかできない

成年後見制度も家族信託も、名前を聞くと難しく感じるかもしれませんが、根っこにあるのは「もし自分で決められなくなったとき、誰にどう支えてほしいか」という本人の希望を形にする仕組みです。特別なことではなく、遺言書やエンディングノートの準備と同じように、元気なうちの「備え」の一つとして捉えてみてください。

次に実家に帰ったときは、財産の話を切り出す前に、まず「もしものとき、お父さんはどうしてほしい?」と本人の気持ちを聞くところから始めてみませんか。その一言が、家族みんなが納得できる備えへの第一歩になります。


この記事の執筆者について

介護福祉の現場で22年以上、訪問介護や高齢者施設での勤務、自宅での家族介護を経験してきました。現在も遠方に暮らす高齢の家族がおり、「離れて暮らす家族を見守る」ことの難しさを実感者として日々感じています。本記事も、そうした現場と実生活の両方の経験をもとに執筆しています。

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