先日、久しぶりに実家へ寄ると、母が玄関先で厚手のカーディガンを着たまま、ボタンをかけられずに立ち尽くしていました。「大丈夫、自分でやるから」と笑う指先が、小さなボタンの前で何度も滑っている。その姿を見て、胸がきゅっとなった方もいらっしゃるのではないでしょうか。
9月の終わりは、朝晩の冷え込みで薄手から厚手の服へ切り替わる衣替えの時期です。この時期は、服が増えて重ね着も多くなるぶん、着替えの手間がぐっと増えます。この記事では、着替えがつらくなってきた親のサインと、着脱しやすい服選びの考え方を、家族の目線でお伝えします。
衣替えの季節に「着替えのつらさ」が表に出やすい理由
着替えは毎日のことなので、少しずつ不自由になっても、本人は「まだ大丈夫」と工夫してやり過ごしがちです。ところが、季節が変わって服の厚みや形が変わると、それまで隠れていた「やりにくさ」が一気に表に出ます。家族が気づくきっかけになるのが、まさにこの衣替えの時期です。
服が厚く、重ね着が増える
夏の薄手のシャツなら片手でさっと着られても、秋冬はセーターやカーディガン、インナーと何枚も重ねることになります。腕を通す回数が増え、肩や肘を大きく動かす場面も増えるため、体への負担が変わってきます。
ボタンやファスナーが小さくなる
厚手の服には、小さなボタンや細いファスナーがついていることが多いものです。指先の細かな動きが必要になるので、「留められない」「途中で諦めてしまう」という場面が起こりやすくなります。
「できない」と言いにくい気持ち
いちばん見落としやすいのが、本人の気持ちです。「着替えも一人でできなくなった」と認めるのは、誰にとってもつらいことです。だからこそ、できないことを責めずに、「やりやすい服に替えてみようか」という前向きな提案にすることが、家族の大切な役割になります。
こんなサインが出ていませんか?着替えのチェックポイント
着替えの様子は、体の状態を映す身近な手がかりです。ただし、これらのサインだけで原因を決めつけることはできません。気になる変化が続くときは、かかりつけ医や、お住まいの地域包括支援センターに相談してみてください。
- 同じ服ばかり着ている、洗濯した服がタンスに残っている
- 服の前後ろや裏表を間違えて着ることが増えた
- ボタンのかけ違いが目立つ、ズボンの前が開いたままのことがある
- 着替えに以前より時間がかかり、終わると疲れ切っている
- 頭や腕を通すとき、肩や腕をかばうような動きをする
着脱しやすい服を選ぶ、5つの目安
服を選ぶときは、デザインより先に「一人で着られるか、介助する側がラクか」を基準にすると失敗が減ります。厚生労働省が示す介護予防の考え方でも、できる動作を保つことが大切にされています。「できなくなったから任せる」ではなく、「できる形に環境を整える」発想で選んでみましょう。
前開きで、大きく開くタイプを選ぶ
頭からかぶるタイプは、肩や首を大きく動かす必要があります。前開きの服なら、袖を通してから前を合わせるだけなので、腕を高く上げなくても着られます。肌着まで前開きにすると、さらに負担が軽くなります。
留め具を「面ファスナー」や「マグネット」に
小さなボタンは、面ファスナー(マジックテープ)やマグネットボタンに替わるだけで、格段に扱いやすくなります。既製品を買い替えなくても、手芸店でボタンを付け替える方法もあります。指先がこわばりやすい朝は特に助かります。
伸縮性があり、肌ざわりのやさしい素材を
伸びのある素材は、腕や脚を通すときに引っかかりにくく、着替えの動作が小さくて済みます。乾燥で肌がかゆくなりやすい時期でもあるので、チクチクしない素材を選ぶと安心です。肌への刺激が気になる場合は、秋の乾燥肌とかゆみのケアの記事も参考にしてください。
ウエストはゴムで、ゆとりのあるサイズに
ズボンやスカートは、ウエストがゴムのタイプが楽です。トイレの際の上げ下ろしもしやすくなります。ただし、大きすぎる服は裾を踏んでつまずく原因になるので、丈は長すぎないものを選びましょう。足元の安全については滑り止め靴下・スリッパの選び方もあわせてご覧ください。
「薄手を重ねる」より「一枚で暖かい」を
重ね着は体温調節に便利ですが、枚数が増えるほど着替えの手間も増えます。裏起毛や保温性のあるインナーなど、一枚で暖かい素材を選ぶと、枚数を減らせます。冷えが気になる方は秋の冷え対策のヒントも役立ちます。
今日からできる、声かけと環境づくり
服を新調する前に、まずは今ある服と環境を見直すだけでも、着替えはずいぶん変わります。
声かけは「提案」の形で
私自身、訪問介護の現場で「これ、着にくいですか?」と聞くより、「こっちの服のほうが楽かもしれませんね」と選択肢を見せるほうが、すんなり受け入れてもらえると実感してきました。家族でも同じです。次のような言い方なら、責められた気持ちになりにくいでしょう。
「お母さん、この前買ったこのカーディガン、ボタンが小さくて大変そうだったから、前が大きく開くのを一緒に見に行かない?」
服の収納は「今の季節の分だけ」
衣替えのついでに、着ない服や着にくい服は思い切って別の場所へ移しましょう。タンスの取り出しやすい段に「今週着る服」を数セットだけ置き、上下の組み合わせを決めておくと、選ぶ負担も減ります。座って着替えられる椅子を用意するのも、ふらつき防止に効果的です。
着替えの順番と時間帯を整える
着替えは、体が温まって動きやすい時間帯に、あわてず行えるのが理想です。朝の寒い時間に急いで着替えるより、部屋を暖めてから、ゆっくり取りかかれるようにしてあげましょう。
手順も、肌着から順番に、着る服を椅子の背に「着る順」に掛けておくだけで、迷いが減ります。麻痺やけがなどで動かしにくい側がある場合は、動かしにくい側の腕や脚から通すのが一般的なコツですが、個別の状態によって最適な方法は異なります。気になる場合は、かかりつけ医やリハビリの専門職に確認してください。
なお、日常使いできる肌着として、こちらも参考にしてみてください。
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服選びでやりがちな失敗と注意点
良かれと思って選んだ服が、かえって親の負担になることもあります。家族が陥りやすい失敗を、あらかじめ知っておきましょう。
家族の判断だけで「介護服」を買ってしまう
機能的な服は、見た目が「いかにも介護用」に見えることがあります。本人が「まだそんな年じゃない」と感じて袖を通さなくなっては、せっかくの買い物が無駄になってしまいます。一般の衣料品店にも、前開きで伸縮性のある普段着はたくさんあります。まずは一緒に選ぶことを大切にしてください。
大きすぎるサイズを選ぶ
「着やすいように」と大きめを選ぶと、袖や裾が余って、動作の邪魔やつまずきの原因になります。試着ができるなら、座った姿勢と立った姿勢の両方で確認しましょう。
着替えの困難さを「年のせい」で片づけない
着替えにくさの背景には、手指や肩の動かしにくさ、体力の低下など、さまざまな理由が考えられます。ここでご紹介した内容は一般的な情報であり、個別の診断や治療の代わりにはなりません。「最近急に着替えがおぼつかなくなった」「服の着方が分からなくなっている」といった変化があれば、かかりつけ医や専門医、地域包括支援センターに早めに相談しましょう。理学療法士や作業療法士など、動作の専門家に工夫を教えてもらえる場合もあります。
週末の衣替えは、親の「動き」を見る時間に
服を替えるという小さな作業は、親の暮らしを静かに映す鏡のようなものです。私も遠くに暮らす家族の衣替えを手伝うたび、袖の通し方ひとつに、電話では聞けない変化を見つけてきました。
今度の週末、まずは親の衣装ケースを一緒にのぞいてみませんか。「これ、着やすい?」と、服を手に取りながら聞いてみるだけで十分です。そこで見えた困りごとを、次の買い物や、専門機関への相談につなげていきましょう。
この記事の執筆者について
介護福祉の現場で22年以上、訪問介護や高齢者施設での勤務、自宅での家族介護を経験してきました。現在も遠方に暮らす高齢の家族がおり、「離れて暮らす家族を見守る」ことの難しさを実感者として日々感じています。本記事も、そうした現場と実生活の両方の経験をもとに執筆しています。
