「今度の連休、紅葉を見に少し遠くまで運転しようと思うんだ」実家に電話をかけたとき、父からそんな話を聞いて、思わず受話器を持つ手が止まったことはありませんか。
先月、近所の方から「お父さん、駐車場でうちの車にちょっと接触したみたいよ」と連絡を受けたという話も珍しくありません。大きな事故には至らなくても、そうした小さな出来事の積み重ねが、家族に「そろそろ」という気持ちを芽生えさせます。9月の秋の全国交通安全運動が終わった後も、紅葉狩りやお墓参りなどで遠出の機会が増える10月は、高齢ドライバーの運転について家族で考えるきっかけの多い時期です。この記事では、親の運転免許返納をどう切り出せばよいか、そして返納後の移動手段をどう確保すればよいか、家族ができる準備を具体的にご紹介します。

「まだ大丈夫」と話す親と、伝えられない家族の距離
加齢による運転能力の変化
高齢になると、とっさの判断力や視野の広さ、ペダルの踏み間違いを防ぐ反応速度などが少しずつ低下していきます。本人はこれまで通り運転できているつもりでも、実際には反応が遅れていることがあります。警察庁の交通事故統計でも、75歳以上のドライバーによるブレーキとアクセルの踏み間違い事故の割合は、他の年代より高い傾向が続いています。
駐車場での接触や、コンビニの駐車スペースに誤って突っ込んでしまう事故のニュースを目にする機会も増えています。こうした事故は「特別な人」だけに起きるものではなく、長年安全運転を続けてきた方にも起こり得るという点を、家族としてまず理解しておく必要があります。
75歳以上の方は免許更新の際に認知機能検査と高齢者講習の受講が義務づけられています。違反歴があると、より詳しい実車指導を伴う講習が必要になる仕組みです。内閣府の高齢社会白書でも、運転免許の自主返納件数は近年増加傾向にあることが報告されており、多くの家庭が同じような岐路に立っていることがうかがえます。「まだ更新できたから大丈夫」という思い込みを見直すきっかけとして、こうした制度や統計を知っておくとよいでしょう。
「事故を起こしていないから大丈夫」という心理
長年運転してきた自信があるほど、衰えを自分では認めにくいものです。「事故を起こしたことがないから大丈夫」「田舎だから車がないと生活できない」という思いが、返納をためらわせる大きな理由になっています。この気持ちを頭ごなしに否定せず、まず受け止めることが会話の第一歩です。
「免許を返して」と伝えることは、親のプライドや生きがいを傷つけてしまうのではという不安から、多くの家族が言い出せずにいます。免許は移動の自由だけでなく、「自分でできる」という自尊心とも結びついているため、慎重な伝え方が必要です。介護の現場でこうした相談を受けるたびに、良かれと思って伝えた一言が本人を傷つけてしまう場面を何度も見てきました。切り出すタイミングの難しさは、何年携わっていても慣れるものではないと感じています。
声をかける前に、家族が準備しておきたいこと
責めずに「心配」を伝える声かけ
まずは事故のニュースや身近な出来事をきっかけに、さりげなく話題にしてみましょう。「最近、駐車が難しくなってきた気がしない?」など、責めるのではなく心配していることを伝える声かけが効果的です。高齢者講習や運転技能自己診断の予約状況を、一緒に確認してみるのもよいきっかけになります。
会話例:「お父さん、こないだ近所で駐車場の接触事故があったって聞いたよ。うちも一度、運転診断を受けてみない?」
遠方に住んでいて頻繁に帰省できない場合は、電話越しの一言から始めても構いません。会話例:(電話で)「お義父さん、来月帰るときに一緒に地域包括支援センターに顔を出してみない?移動の相談もできるみたいだから」というように、返納そのものではなく相談窓口への同行を誘う形にすると、本人も身構えずに応じやすくなります。
一度の会話で結論を出そうとせず、何度か時間をおいて話す姿勢も大切です。本人の気持ちが変化するまでには時間がかかることが多いため、焦らず「一緒に考えていきたい」という姿勢を伝え続けましょう。
移動手段と支援制度を先に用意しておく
返納を切り出す前に、代わりの移動手段を用意しておくことが何より重要です。バス・タクシーの利用、家族による送迎、宅配サービスの活用など、生活に支障が出ない具体的なプランを一緒に考えましょう。多くの自治体では、運転免許を自主返納した高齢者向けにタクシー券や地域バスの割引、コミュニティバスの無料乗車証などの支援制度を用意しています。
お住まいの市区町村でどのような支援があるかは、窓口やホームページで確認できます。制度の全体像を知りたい方は、高齢者が使える公的サービス・補助制度まとめもあわせてご覧ください。
返納すると発行される「運転経歴証明書」は、身分証明書として使えるだけでなく、提示することでタクシー運賃やバス、一部の商店・金融機関で割引や特典が受けられる地域もあります。「返納すると何もいいことがない」と思っている本人に、こうした具体的なメリットを伝えるのも説得材料になります。
きょうだいが複数いる場合は、送迎の分担や連絡係を決めておくと、特定の家族だけに負担が集中せずに済みます。誰がいつ実家に顔を出せるかをあらかじめ共有しておくと、返納後の生活もスムーズに回りやすくなります。
- 最寄りのバス・タクシー会社の連絡先を控えておく
- 自治体の運転免許自主返納支援制度を確認する
- 運転経歴証明書の発行と特典内容を調べておく
- 買い物は宅配や移動販売の利用も検討する
- 徒歩や自転車での外出が増える場合は安全対策も一緒に準備する
- きょうだい間で送迎や連絡の分担を決めておく

返納後の暮らしを支える工夫
徒歩・自転車移動が増える時期の安全対策
返納後は車での移動がなくなる分、徒歩や自転車で外出する時間が増える方も多くなります。厚生労働省もフレイル(心身の虚弱)予防の観点から、高齢者が外出の機会を保ち続けることの大切さを呼びかけています。返納をきっかけに引きこもりがちにならないよう、買い物や散歩など日常的に歩く習慣を保てる工夫を一緒に考えておきましょう。
長い距離を歩く際は、荷物を運びながら腰かけて休める手押し車があると安心です。なお、日常使いできるアイテムとしてこちらも参考にしてみてください。
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日没が早まる時期の夜間歩行の備えに
足腰に不安が出てきた親とお墓参りや実家周辺への外出をどう両立させるかについては、足腰が不安な親と無理なく出かける工夫も参考になります。車がなくても外出を楽しめる選択肢を、返納前から一緒に探しておくと安心です。
きょうだい間の温度差をどうすり合わせるか
一度に「今日から運転をやめて」と伝えてしまうと、強い反発を招きやすくなります。まずは夜間や高速道路の運転から控えてもらうなど、小さなステップを踏むことも一つの方法です。返納後に外出の機会が減り、筋力低下や気分の落ち込みにつながるケースもあるため、代わりの活動や交流の場を用意しておくことも忘れないようにしましょう。
先日、実家に月1回しか帰れないという方から「弟は毎週顔を出しているのに、危機感が全然違って口論になった」という相談を受けました。実家に頻繁に顔を出す人と、そうでない人とでは感じている危機感に差が出やすいものです。どちらの立場も間違ってはいないからこそ、感情的にならず、運転の様子を撮った動画や写真を家族のグループチャットで共有することから始めてみてはいかがでしょうか。
判断力の変化が気になったら
かかりつけ医や地域包括支援センターに相談し、本人の判断力について客観的な意見をもらうことも有効です。ただし、運転に不安のある様子だけで特定の病気を疑うのは早計です。判断力の変化が気になる場合は、認知症の早期発見チェックも参考にしつつ、最終的な判断は必ずかかりつけ医にご相談ください。本記事の内容は一般的な情報提供であり、個別の診断や治療に代わるものではありません。
徒歩や自転車での外出が増える場合は、道に迷ってしまうことへの備えも大切です。外出の機会を保ちながら安心して過ごすために、小型GPS端末を持たせておくのも一つの方法です。

車のない暮らしは、案外悪くない
親の運転免許返納は、家族にとってもデリケートな話題です。しかし、代わりの移動手段や自治体の支援制度をあらかじめ準備しておけば、本人の不安も家族の心配も和らげることができます。運転経歴証明書の特典や地域の移動支援など、使える制度を調べておくだけでも、本人の気持ちは少し軽くなるはずです。
紅葉狩りやお墓参りで遠出の機会が増えるこの時期だからこそ、運転について話し合うきっかけにしやすいとも言えます。「運転をやめさせる」のではなく「これからの移動をどう楽しむか」という視点で一緒に考えれば、返納は暮らしの終わりではなく、新しい移動スタイルの始まりになります。今夜の電話で、まずは最近の運転の様子をひとこと尋ねてみてください。
この記事の執筆者について
介護福祉の現場で22年以上、訪問介護や高齢者施設での勤務、自宅での家族介護を経験してきました。現在も遠方に暮らす高齢の家族がおり、「離れて暮らす家族を見守る」ことの難しさを実感者として日々感じています。本記事も、そうした現場と実生活の両方の経験をもとに執筆しています。
