お盆に実家へ帰ったとき、お父さんが押し入れから古い通帳や権利証の入った缶を引っ張り出してきて、「これ、俺に何かあったら、どこに何があるか誰も分からんなあ」とぽつりとつぶやく。そんな場面に、ドキッとした経験はありませんか。
気になってはいても、相続の話は縁起が悪い気がして、ついお茶を濁してしまいがちです。けれど、何も手がかりのないまま「その日」を迎えると、残された家族が慌ただしい中で手探りの手続きに追われることになります。
この記事では、元気なうちに始めたい準備の順番と、親を傷つけずに話を切り出す言葉の選び方をお伝えします。なお、ここで紹介するのは一般的な情報です。ご家庭ごとの事情に応じた判断は、税理士・司法書士・弁護士などの専門家にご相談ください。

切り出せないまま時間が過ぎると、何が起きるのか
「縁起でもない」と言われそうで、口が重くなる
相続の話を持ち出すと「まだそんな年じゃない」「財産を狙っているのか」と受け取られるのでは、と心配になる方は多いものです。親のほうも、自分の死を前提にした話題には触れたくないというのが本音でしょう。
ただ、話しにくさは先延ばしにするほど増していきます。親が元気で判断もしっかりしているうちこそ、お互いに落ち着いて話せる貴重な時期です。
準備がないと、残された家族は何に困るのか
私は訪問介護の現場で、利用者さんが亡くなったあと、ご家族が通帳や保険証券の在りかを探して何週間も実家を行き来する姿を何度も見てきました。財産の全体像が分からないと、探すだけで心身ともに消耗してしまいます。
しかも手続きには期限があります。相続税の申告が必要な場合は、亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内が目安です。また2024年4月からは、相続した不動産の名義変更(相続登記)が義務化され、原則として取得を知った日から3年以内の申請が求められるようになりました。
期限の詳細や例外は個別の事情で変わるため、具体的な判断は税理士や司法書士、法務局の窓口などで確認してください。
元気なうちに着手したい、三つの準備
まずは財産リストを一枚の紙に
最初の一歩は、立派な書類づくりではなく「どこに何があるか」のメモです。銀行名や支店名、保険会社と証券番号、不動産の所在地、ネット銀行や証券口座の有無を、思い出せる範囲で書き出してもらいましょう。
ネット銀行のパスワードそのものを書くのは不安なので、「どこに管理方法を保管しているか」だけをメモしておくと安心です。
- 預貯金:銀行名・支店名・口座の種類
- 保険:会社名・証券番号・受取人
- 不動産:所在地と、権利証や登記簿の保管場所
- 借入・ローン、クレジットカードの有無
- ネット銀行・証券口座など、デジタル資産の所在
エンディングノートと遺言書は、役割が違う
エンディングノートは気持ちや希望を書き残すもので、法的な効力はありません。一方、遺言書は法律で決まった形式を満たして初めて効力を持ちます。この違いを知っておくと、親に「まずはノートから気軽に書いてみない?」と提案しやすくなります。
書き方の入り口はエンディングノートの書き方|家族との話し合い方と注意点で、遺言書については親の遺言書の書き方|キット活用と家族の備え方で詳しく触れています。
自筆の遺言書は、法務局で預かってもらえる「自筆証書遺言書保管制度」もあります。形式のチェックや紛失の心配が減る仕組みなので、制度の詳細は法務局か司法書士に確認してみてください。
相続税の基礎控除は、計算式だけ先に知っておく
相続税は、誰にでもかかるわけではありません。基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で、相続人が3人なら4,800万円です。財産の合計がこの範囲に収まれば、原則として申告も納税も不要です。
ただし自宅の土地の評価は複雑で、特例が使えるかどうかで結果が大きく変わることもあります。目安をつかんだら、自己判断で結論を出さず、国税庁の情報や税理士の無料相談で確かめておくと間違いがありません。
準備を進めるうえで、記入項目に沿って整理できるキットを使うのも一つの方法です。よければ参考にしてみてください。
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記入項目に沿って財産整理を進められます
Amazonで探す場合は、手続きの流れをつかめる入門書もチェックしてみてください。
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手続きの流れを事前に把握するのに役立ちます
親に切り出す:タイミングと、そのまま使える声かけ
話しやすいのは「帰省」より「何気ない用事のついで」
お盆や年末年始は家族がそろう好機ですが、親族が大勢いる場では話しづらいこともあります。むしろ、二人で病院の待合室にいる時間や、お茶を飲みながらの雑談のほうが、親も構えずに聞いてくれる印象です。
会話例:責めない切り出し方
たとえば、こんな言い方が考えられます。「お父さん、通帳や保険の書類ってどこにまとめてある?何かあったときに私たちが慌てないように、一緒にリストにしておきたいんだけど」。
親が「まだ早い」と返してきたら、無理に押さないでください。「そうだよね。じゃあ、今度来たときにまた聞かせて」と引くのも大切な姿勢です。
実家をどうしたいか、親自身の気持ちを聞く
相続で特に揉めやすいのが、現金のように簡単には分けられない実家の扱いです。誰かが住み続けるのか、売却するのか、賃貸に出すのかで、手続きも税金の扱いも変わってきます。
総務省の調査でも空き家は年々増えており、相続後に活用されず放置される住宅が課題になっています。「この家、将来どうしたい?誰か住むイメージはある?」と、答えを急がず、親の思い出話に耳を傾けるところから始めてみてください。片づけの進め方は、実家の生前整理|親も家族も無理なく進めるコツも参考になります。

兄弟姉妹と専門家を、いつ・どう巻き込むか
情報は「一人が抱え込まない」形で共有する
遠方に親を持つ私自身、実家に通える兄弟だけが状況を知っていて、離れた側が「聞いていない」と感じてしまう難しさを実感しています。誰か一人が全部を把握している状態は、後々の不信感のもとになりがちです。
財産リストの保管場所を全員が知っていること、手続きの窓口や書類管理の担当を決めておくことが、いざという時の連携につながります。「お母さんのこと、みんなで少しずつ分担して見ていこうね」というひとことから始めてみましょう。
専門家は、得意分野で使い分ける
不動産が複数ある、相続人同士の関係が複雑、事業を営んでいるといった場合は、家族だけで抱え込まないことが大切です。司法書士は不動産の名義変更、税理士は相続税の申告、弁護士は相続人同士の意見調整と、得意分野が異なります。
どこに相談すべきか分からないときは、お住まいの地域の地域包括支援センターや自治体の無料相談会が入り口になります。「一度、専門家の話を一緒に聞きに行ってみない?」と誘えば、親も気持ちが軽くなるはずです。
もの忘れが気になり始めたら、遺言書より先に確認したいこと
遺言書の作成には、内容を理解して判断できる力が必要です。もし親のもの忘れが増えたと感じたら、準備を急ぎたい気持ちの前に、まず心身の状態を確かめることが優先になります。
厚生労働省の推計では、認知症の人の数は高齢化とともに今後も増えると見込まれています。ただし、物忘れがあるからといって、それだけで特定の病気だと決めつけることはできません。気になる変化があれば、かかりつけ医や専門医に必ずご相談ください。
サインの見方は高齢者の認知症を早期発見|見逃さないサインと対処法でまとめています。
財産の管理に不安が出てきたときの選択肢としては、成年後見制度と家族信託という仕組みもあります。どちらが合うかは家庭ごとに違うため、地域包括支援センターや専門家に早めに相談しておきましょう。

準備で見落としやすいつまずき
相続の準備は、善意で進めていても、いくつかの落とし穴があります。よくある例を挙げます。
- 財産の一部だけをリストにして、借入や別の口座を見落とす
- 遺言書を自己流で書き、日付や署名の不備で無効になる
- 相続人の一人だけで話を進め、後から兄弟姉妹と揉める
- 判断力が落ちてから遺言書の準備を始めようとする
特に自筆の遺言書は、日付・署名・押印など法律の要件を一つでも欠くと無効になるおそれがあります。せっかく親の思いを書き残しても、形式の不備で生かされないのはあまりにも惜しいことです。
書類そのものの整理は親の介護書類整理|今すぐ点検したい7つの書類から、使える制度は高齢者が使える公的サービス・補助制度まとめから確認できます。
まとめ|「整理」は、親の人生を一緒にたどる時間
相続や遺産整理は、財産の分け方を決める作業のように見えて、実は親がどんな人生を歩み、何を大切にしてきたかを知る機会でもあります。通帳の在りかを尋ねたはずが、若いころの苦労話や家を建てた日の思い出に話が広がった、という声もよく耳にします。
今日すべてを終わらせる必要はありません。次に実家へ寄ったとき、まず「大事な書類って、どこに置いてる?」とひとこと聞いてみてください。その一言が、家族みんなの安心につながる最初の一歩になります。
なお、この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の相続手続き・税務・医療の判断に代わるものではありません。具体的な内容は、税理士・司法書士・弁護士、そしてかかりつけ医や地域包括支援センターなどの専門機関にご相談ください。
この記事の執筆者について
介護福祉の現場で22年以上、訪問介護や高齢者施設での勤務、自宅での家族介護を経験してきました。現在も遠方に暮らす高齢の家族がおり、「離れて暮らす家族を見守る」ことの難しさを実感者として日々感じています。本記事も、そうした現場と実生活の両方の経験をもとに執筆しています。


