9月の連休に実家へ帰ると、82歳の父がソファから立ち上がるとき、肘掛けに両手をついて「よいしょ」と一呼吸おいていました。電話では「元気にしてるよ」と聞いていたのに、目の前の父は腕まわりも少し細くなったように見えます。台所をのぞくと、そうめんの空き袋ばかりが目につきました。
「この暑さで、食べる気がしなくてね」と父は笑いますが、笑い話で済ませてよいのか、帰りの電車でもずっと気になった——そんな経験のある方は少なくないはずです。
夏のあいだ麺類や冷たいものが中心だと、筋肉の材料になるタンパク質が足りなくなりがちです。その影響は、残暑が落ち着く9月ごろ、「立ち上がり」や「歩き方」に表れやすくなります。
この記事では、その理由と1日のタンパク質の目安、プロテインの選び方、親に無理なく続けてもらう声かけを家族目線でまとめました。一般的な情報であり、個別の診断や治療に代わるものではありません。気になる変化があれば、かかりつけ医や地域包括支援センターに相談してください。

夏の食卓の偏りが、秋口に足腰へ表れるまで
そうめんと冷奴が続いた夏の食事
暑い日は、そうめんや冷や麦、お茶漬けなど喉ごしのよいものに手が伸びます。こうした食事は炭水化物が中心で、肉・魚・卵・大豆製品といったタンパク質源が少なくなりがちです。冷房の効いた部屋で過ごす時間が増えると、体を動かす機会まで減ってしまいます。
とくに一人暮らしの80代では、「台所に立つだけで汗だく」「自分ひとりのために魚を焼くのは面倒」と、おかずを作らない日が続くことがあります。訪問介護でお宅にうかがっていた頃、冷蔵庫から卵や牛乳が消えていることが、食事量が落ちてきた最初のサインだったことが何度もありました。
体重が変わらなくても、筋肉は減っていく
加齢や低栄養によって筋肉の量と力が落ちていく状態は「サルコペニア」と呼ばれます。国立長寿医療研究センターなどの高齢者研究では、加齢に伴う筋肉量の減少は誰にでも起こりうるもので、食事量が落ちて低栄養が続くと進みやすいと考えられています。
厚生労働省も高齢期の低栄養の予防を重要な課題としています。体重の数字だけでは筋肉の変化は分かりにくいため、「痩せていないから大丈夫」とは言い切れません。
帰省したときに見ておきたい様子
筋力の変化は、体重計よりも日常の動作に先に表れることがあります。次のような様子が重なっていないか、さりげなく見てみてください。
- 椅子やソファから立つとき、手をついたり反動をつけたりしている
- ペットボトルのふたや瓶の栓を開けにくそうにしている
- 青信号のうちに横断歩道を渡りきれない
- ズボンがゆるくなり、ふくらはぎが細くなった
ひとつ当てはまったからといって、筋力低下と決まるわけではありません。いくつも重なるときや急に変化したときは、自己判断をせずにかかりつけ医や地域包括支援センターへ相談してください。季節の変わり目の足腰の衰えは、残暑で弱る親の足腰|フレイル予防チェックと対策でも整理しています。
どれくらい摂ればいい?タンパク質の目安と食卓での配り方
厚生労働省の食事摂取基準でみる目安
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」では、65歳以上のタンパク質の推奨量は、1日あたり男性で約60g、女性で約50gとされています。健康な方を想定した目安で、体格や活動量、持病の有無によって適した量は変わります。
「60g」と言われてもピンときませんよね。食品や大きさで差はありますが、卵1個で約6g、納豆1パックで約7g、牛乳コップ1杯で約6〜7g、焼き鮭1切れで15〜20g前後が一つの目安です。
朝が少ない家庭ほど、朝食に一品足す
実家の朝食が「トーストとコーヒーだけ」というお宅は珍しくなく、1日のなかで朝はとくにタンパク質が少なくなりがちです。ヨーグルトにきな粉をかける、目玉焼きを添える、味噌汁に豆腐を足すといった小さな一品から始めると無理がありません。朝・昼・夕に分けて摂るほうが体に使われやすいともいわれているので、頑張りすぎなくて大丈夫です。

火を使わず出せる「常備の一品」を決めておく
9月は残暑の日と肌寒い日が入れ替わり、食欲もまだ安定しません。温泉卵、魚肉ソーセージ、缶詰の鮭やさばなど、火をほとんど使わずに出せるものを常備しておくと、「今日は作れない」という日の助けになります。
そうめんには卵や冷しゃぶ肉、納豆、ツナを一品のせるだけで、タンパク質量はぐっと増えます。「麺+タンパク質の具」をひとまとまりで考える習慣をつくってみてください。
食事だけで足りないときの選択肢|プロテインの選び方
食が細くなった親に、肉や魚をたくさん食べてもらうのは簡単ではありません。そんなとき、食事を補う手段として、飲みやすく作られたプロテイン食品を検討するご家庭もあります。ただし、あくまで普段の食事に「足す」ものであり、食事の代わりにするものではありません。
形で選ぶ|粉末・ゼリー・スープの向き不向き
同じプロテインでも、形によって使い勝手はずいぶん違います。親の好みや、食べたり飲んだりするときの様子に合わせて選んでください。
- 粉末:牛乳・ヨーグルト・味噌汁に混ぜられ、費用も抑えやすい。溶け残りやダマが出ることがある
- ゼリー:冷やして食べやすく、水分も一緒にとれる。エネルギーや糖分が高めの商品もある
- スープ:温かいまま食事の一品として出せる。塩分の表示は確認しておきたい
「プロテイン」という響きに親が身構えることもありますが、粉末でも味噌汁やポタージュに混ぜてしまえば、見た目はいつもの食事のままです。
パッケージで見比べたいポイント
商品を選ぶときは、栄養成分表示で1回分のタンパク質量を確認します。10g前後の商品なら、食事に足す量として取り入れやすいでしょう。あわせて、エネルギー・糖質・塩分、乳や大豆などのアレルゲン表示、開封後の保存方法、続けられる価格かどうかも見比べてください。
具体的な商品のイメージがわかないときは、次のようなものが参考になります。
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種類豊富なので好みに合わせて選べます
「飲みなさい」ではなく「一緒に試そう」|続けてもらう声かけ
せっかく選んでも、親が「そんなものは要らない」と断ってしまえば続きません。「筋肉が減っているから飲みなさい」と言われれば、誰だって年寄り扱いされたような気持ちになります。
最初の一言は、親のことではなく自分のことから
切り出し方として、たとえば次のような言い方があります。
「お母さん、私も最近タンパク質が足りてない気がして、これ買ってみたの。味見だけ付き合ってもらえない?」
自分も試す側に回ると、親は「頼まれて付き合う」立場になり、断りにくさがやわらぎます。家族が同じものを一緒に口にして「これ、おいしいね」と言い合えることが、いちばんの後押しになります。
「薬みたいで嫌だ」と断られたとき
80代の親世代には、粉を溶かして飲むこと自体に抵抗を感じる方もいます。「そんなの飲まなくても食べてるよ」と返ってきたら、飲み物ではなく食事の一品として出してみてください。
「飲み物じゃなくて、今日はスープのつもりで作ったの。コーン味にしてみたから、まず一口だけどう?」
味の違う数種類を少量ずつ試して、親自身に選んでもらうのも一つの方法です。合わなければ別の形や食材に切り替える柔軟さが、結局は長続きにつながります。
遠方で暮らしていても、できること
私自身、遠くに暮らす家族との電話で「ご飯食べた?」と聞いても、「食べたよ」で終わってしまうことに気づきました。それ以来、「今日のお昼は何を食べた?」と具体的に聞くようにしています。答えが「そうめん」だけの日が何日か続いたら、次の帰省を待たずに動き出すサインです。
卵や牛乳、ヨーグルトを定期的に届けるネットスーパーの利用も役立ちます。毎日の食事づくりそのものが難しくなってきたときは、一人暮らしの親の食事|宅配弁当で栄養と安心をサポートも選択肢になります。
食事とあわせて取り入れたい軽い運動
タンパク質を補っても、体を動かす機会がなければ、筋肉として活かされにくいといわれています。厚生労働省の身体活動・運動ガイドでも、高齢期は散歩などの有酸素運動に加え、筋力を使う動きを組み合わせることが勧められています。
難しいことをする必要はありません。テーブルや流し台に手を添えて行う「かかと上げ」や、椅子からの立ち座りを、まずは数回から始めれば十分です。ふらつきが心配な親には、必ず支えのある場所で、家族がそばにいるときに行ってもらい、痛みや息苦しさがあればすぐに中止してください。
外を歩くなら、朝夕の涼しい時間帯が向いています。見守り機能つきの万歩計で歩数が家族にも共有されると、「最近あまり歩けていないかも」という変化にも早く気づけます。

取り入れる前に知っておきたい注意点
プロテインは食品ですが、誰にでも同じように合うとは限りません。腎臓に持病がある方や、医師から食事の制限を受けている方は、タンパク質の量が決められていることがあります。始める前に、必ずかかりつけ医や管理栄養士にご相談ください。
服薬中の方や、すでにほかのサプリメントを使っている方も、自己判断で組み合わせるのは避けてください。お腹が張る、下痢をするなど、いつもと違う様子が見られたら、いったん中止して相談しましょう。
むせやすい親には、飲み物より、ゼリー状のものやとろみをつけたものが向くことがあります。むせ込みが続くときは受診のうえで判断してください。とろみの付け方は高齢の親のむせ込みを防ぐ|とろみ剤の選び方と使い方が参考になります。
もう一つ、「プロテインを飲んでいるから」と普段の食事量が減ってしまっては本末転倒です。ビタミンやミネラル、水分も欠かせないため、あくまで食事に足す形にとどめてください。
まとめ|次の電話で「今日のお昼は何を食べた?」と聞いてみる
夏の食事の偏りは、9月に入ってから足腰の変化として気づかれることが多いものです。食事にタンパク質を一品足す、必要に応じて飲みやすいプロテイン食品で補う、軽く体を動かす。この3つを親のペースに合わせて重ねていけば、大がかりな準備はいりません。
次に会うとき、または次の電話で確かめたいのは、何を食べているか、立ち上がるときの様子、最近どれくらい歩いているか、の3点です。
今週のうちに親御さんへ一本電話をかけて、「今日のお昼は何を食べた?」と聞いてみてください。返ってきた答えをメモしておくだけで、次の帰省で何を足せばよいかが見えてきます。持病や服薬がある場合は、プロテインを試す前に、かかりつけ医への確認もお忘れなく。
この記事の執筆者について
介護福祉の現場で22年以上、訪問介護や高齢者施設での勤務、自宅での家族介護を経験してきました。現在も遠方に暮らす高齢の家族がおり、「離れて暮らす家族を見守る」ことの難しさを実感者として日々感じています。本記事も、そうした現場と実生活の両方の経験をもとに執筆しています。


